私は一時期、多摩川住宅という団地に住んでいたことがある。今から35年前、私はいわゆる「かぎっこ」だった。
報道番組で住都公団をよく取材をした。今のUR都市機構。一言でいうと住宅建設をめぐる税金の使われ方に注目した。
日曜日、板橋茶論の企画で、板橋区・高島平団地を歩いた。
さて、今、団地は・・・ 
高島平団地は、昭和47年から入居が始まった。都営三田線が走っていて立地条件がよいことで知られている。住みやすければ、人は出ていかない。40年近く時が流れ、今、どうなっているのだろうか?
そもそも団地(ニュータウン)は、戦後の住宅不足を解消するために建設された。大都市の勤労者が主なターゲットだった。当時、5階建の団地では、下の階よりも上の階の方が人気が高かった。見晴らしが良いからだ。「公団貴族」という言葉があったようで、高度成長期、若い夫婦にとって空中での生活はあこがれでもあった。 私は、2階に住んでいた。私の家からは、多摩川を見ることができなかった。5階に住む友人の部屋に遊びに行った時、眼下に見下ろす多摩川がキラキラ光っていて、とてもきれいに映った。
話は、高島平団地。高層棟に上がった。
一時期、この辺りの高層団地は、自殺の名所と言われマスコミをにぎわすこともあった。物々しい印象を受けるが防護柵もしっかりしていて、今では、自殺というよりは、お年寄りの孤独死が問題として指摘される。どこよりも高齢化が進んでいるのだ。 
高島平団地のお宅にお邪魔した。
その方、近くの棟から引っ越してきたそうだ。ご主人はすでに定年退職をしている。
「年をとると、5階に上がるのが大変になってねぇ」
高島平団地に長く住んでいて、友達も沢山いる。住み心地もとても良いので、団地から離れたくはなかった。そういうこともあって、5階の部屋から1階の部屋をわざわざ探して移ったそうだ。
今では、上の階よりも1、2階の部屋の方が価格が高いそうだ。
階段を上るのが大変なので、下の階が人気となっている。入居開始当時とは、価値観が逆転している。
私が住んでいた多摩川住宅は2階だった。父が長く住んでいたが諸事情で売った。買ってくれた方は、同じ多摩川住宅に住む老夫婦。5階から2階へ引っ越すというケースだった。今回、訪問したお宅と全く同じケース。ちょっと驚いた。













