2007年01月16日
阪神大震災の教訓と板橋区

◆阪神大震災の取材

阪神大震災から12年がたとうとしています。

私は当時、テレビ朝日「ニュースステーション」のディレクターとして神戸入りをしました。道路、鉄道は寸断された状態でしたので、大阪から小型船をチャーターしました。港も機能していない状態です。

取材陣は、メリケン波止場をよじ登って神戸入りしました。

Kobe_port_earthquake_memorial_park_1.jpg






神戸港震災メモリアルパーク。2004年2月12日、利用者:Gleamによる撮影

最初に神戸の地に立ったとき、日常の街並みとの違いに一瞬、冷静な感覚を失ったことを覚えています。

ここは戦場なのか・・・と。

地面は液状化でグニャグニャに隆起し、いたる所に亀裂が入っています。普段の平衡感覚では歩けません。建物は倒れるか崩れ落ちている状態でした。皆さんも映像や写真でご覧になっていると思います。

神戸のサンテレビの記者と神戸市内を歩きました。どこを歩いても、どこを向いても取材現場です。

震災直後、1年後の神戸をその記者と取材をしました。神戸に住み日々取材を重ねたその記者は、次のように語っていました。

震災は、
日常生活の中にいる弱い立場の人々を、
より鮮明な形で浮き彫りにした。

家を失った人、命を失った人、復興の濃淡が目に見えて、そして数字で示されていました。

◆震災を生かす

私たちができることは教訓を生かすことです。

住民の避難場所となったのが公園や学校施設です。約15万人(約60%)が学校施設を避難所としたと言われています。子どもたちが一日の大半を過ごす場所です。

しかし、その施設の耐震化は遅れています。

板橋区では31校が未対応です。

文部科学省が公表している耐震化率は55.5%で、23区でも遅れています。既に90%以上対応している区は、中央・台東・荒川・目黒・大田・豊島の各区です。板橋区は前倒しで対応していく必要があります。

阪神大震災から12年がたとうとしています。


ご参考:
板橋区内の小中学校の耐震工事は遅れています。

平成21年度以降に耐震補強工事を予定している学校

紅梅小(校舎・体育館)
前野小(校舎・体育館)
上板橋小(校舎)
蓮根小(校舎)
向原小(校舎)
蓮根二小(体育館)
緑小(体育館)
大山小(体育館)
高島一小(体育館)
高島二小(体育館)
高島三小(校舎・体育館)
高島五小(体育館)
高島六小(体育館)
高島三中(体育館)
志村五小(校舎・体育館)
志村坂下小(校舎・体育館)
板橋一小(校舎・体育館)
下赤塚小(校舎・体育館)
板橋三中(校舎・体育館)
板橋五中(校舎・体育館)
上板橋三中(校舎・体育館)
赤塚二中(校舎・体育館)
志村小(校舎)
板四小(校舎)
上板橋四小(校舎)
板橋二中(校舎)
志村二中(校舎)
西台中(校舎)
中台中(校舎)
上板橋一中(校舎)
向原中(校舎)

「耐震補強工事予定校」教育委員会事務局庶務課より

続:区民の知らない板橋区議会

■文部科学省
公立学校施設の耐震改修状況調査結果について(設置者別:東京都)(PDF)


板橋が変わります!
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